2013年4月17日
中国語中国文化学科 4年 0410048 関村 蓉
人種概念の包括的理解に向けて
第一節 人種概念を洗い直す
★明治初期から平成の現在まで、教科書や事典などをとおして国民的に刷り込まれてきた「人種」概念と向き合い、この語を洗い直す必要がある
◎人種概念が内在的に抱える特性
過去から現在に至るまで、アジアでの被差別集団からゲノムの商業化で語られる人種まで、人種概念の包括的理解を模索するもの
①人種的資質とされるものが、系譜的に世代から世代へと身体を媒介に「遺伝する」もの、出自によって決定され、環境や外的要因では「変えることができない」ものだと信じられている
②自己・他者認識の境界を引く主体が他社集団に対して排他性を示す傾向が強く、とくに古典的な人種概念においては集団間に明白な序列階梯が想定される
③その排他性や序列階梯が政治的・経済的あるいは社会制度や資源と結びついて発露するため、組織的な差異化であり利害と関係しやすい
第二節 人種概念の起源をめぐる大論争とその陥穽
★人種概念の起源をめぐって長年続いている二つの学説の論争を紹介し、それらの限界とそれに関する人種概念に課題を抽出
①普遍説→皮膚の色を中心とした可視的な身体形質をめぐる差異の認識や偏見であって、それを超えるものではない!19世紀後半から20世紀前半の歴史的共進性をいかに説明するか!
◎人種は古代以来連続的に世界諸地域に存在してきた普遍的な概念。普遍論者らによって人種認識や人種主義の古代以来の連続性、普遍性を示すひとつの証に「皮膚の色」。
皮膚の色など身体上の差異とみなされる要素が他者認識の世界観において少なからぬ役割を果たしてきた。が、欧米以外にもあらゆる社会で皮膚の色が重要な指標となるのかを疑問に付す必要がある。
②近代西洋起源説→欧米の近代の人種論とは接点を持たずして、生来的で矯正が困難だと信じられる差異をもととした序列階梯が社会制度に埋め込まれている場合、それをどうみなすか!
◎人種概念はあくまでも近代における西洋の啓蒙思想や国内外植民地主義、国民国家形成の産物であるとする。
・スメドリーの主張・・・近代西洋起源説からさらに踏み込んで、人種概念が北米起源であると断定
・アメリカから人種概念が世界に流布したとする説・・・多くのアメリカ人研究者やヨーロッパ人研究者に共有されている
・人種概念は近代市民社会の成立の余波として現れたとする説・・・啓蒙時代の後、権利や地位の平等が制度的に確立されたがために人種概念が重要性を獲得したと考える
第三節 人種概念の三つの位相
★仮説を提示し、さまざまな専門領域の言語で語られる人種概念を包括的に理解する手がかりを探る。
仮説・・人種概念を構築する諸事象の最大公約数を抽出した場合、race、Race、RR(Race as Resistance)と呼びうる三つの位相が考えられる。
①race
当該社会で観察される社会分化した集団の差異が、世代を超えて継承され、環境によって矯正することのできないものとして理解され、しかもその差異が明瞭な優劣や排除をともなって政治・経済・社会制度に表現される場合
②Race
世界中の人々のマッピングと分類を意識して構築された科学的概念として流通する人種。グローバル・レベルで多大な影響を与える歴史的共進性と、個々の社会的文脈のなかで展開する変形の個別性の双方をあわせもつ。
③RR(抵抗の人種)
抵抗としての人種。Raceまたはraceによって社会的認知を受けた人種間のヒエラルキーは、のちに覇権や支配への抵抗、独立運動やマイノリティ運動などのなかで、それぞれの社会で劣位の人種とされたさまざまな集団の抵抗を呼び覚ますこととなった。
さまざまな重層的多元的アイデンティティが現実には存在しながらも、人種的アイデンティティが動員される状況を意識して提示するもの。
第四節 「モンゴロイド」「コーカソイド」「ネグロイド」
★「コーカソイド」などの名称と西欧的背景との関連性をみるために、近代科学における人種分類に投影される世界観を、名称との関係に限定して吟味する。これらの用語に含まれる意味を理解することが重要。
ブルーメンバッハ・・「コーカソイド」、「モンゴロイド」の基となる語を生み出し、人種分類に世界的影響を及ぼした人物。頭蓋学の祖。「白色人種」、「黄色人種」などの表記に見られるように、人種を「色」で分類する認識の基本をつくった。
コーカソイド・・ユダヤ=キリスト教的世界観との関連に注意。当時聖なる地アララト山のあるコーカサスは人類(白人)発生の地であると考えられていた。ブルーメンバッハはコーカサス山脈で見つかった頭蓋骨をもとにヨーロッパ人をコーカシアと命名した。また、ブルーメンバッハにとって、コーカシア人はあらゆる人類の中で「もっとも美しい頭型」をしており、「最良である」と形容した。
モンゴロイド・・モンゴル人に由来する、東アジア人を表象する言葉として用いられつづけている。ダウン症を指す言葉として長く用いられていたが、露骨な差別的表現が批判を浴び、モンゴロイドに代わり、この症状の最初の研究者の名をとって今の「ダウン症」という名称が用いられるようになった。
ネグロイド・・ラテン語から派生した言葉、「黒」を意味する。しかし、濃い皮膚の色をつくるメラニンの色素は紫外線を妨げる働きを持ち、アフリカ人のみならず、アボリジニなどの皮膚にも多く含まれている。よって、文字通りのネグロイドのように皮膚の色の濃さで一括にできるような集団ではない。
◎「モンゴロイド」、「コーカソイド」、「ネグロイド」などの用語には、皮膚の色を他者との弁別基準として重視し、ヨーロッパ人の頭蓋骨を基本形とみなす西欧中心的な価値観が色濃く反映されている。
第五節 DNAからみる「アジア人」「ヨーロッパ人」「アフリカ人」
★自然人類学やその隣接領域におけるヒトの多様性の研究動向から自然科学の人種概念、あるいは、最近人種に代わって頻繁に用いられる「アジア人」、「ヨーロッパ人」、「アフリカ人」などの用語とその科学的実体性について、現在論点と思え荒れるもののいくつかを追って検討。
遺伝学・・人種概念に生物学的根拠が存在しないことを裏付ける。(
現代人ホモ・サピエンスの起源・・「アフリカ単一起源説」VS「多地域並行進化説」
アフリカにおいて誕生したホモ・エレクトスが現代人ホモ・サピエンスに進化し、そのホモ・サピエンスが10万年から15万年前に世界に拡散したという「アフリカ単一起源説」が圧倒的に有力。
ヒトの多様性・・遺伝学的には大半が集団内の差異であり、「アジア人」、「ヨーロッパ人」、「アフリカ人」などの大集団間の差異が小さい。
疾病の大半は環境が関与している、ガンの段階を調整してもアフリカ系アメリカ人の方がヨーロッパ系よりも死亡率が高い。それには社会経済的格差、教育格差、医療ケアへのアクセスやケアに対する考え方の違い、食習慣の違いなど、複数の要因が働いていることが様々な実態調査によって指摘されている。
◎・どのようなコンテクストにおいて人種を持ち出すか否かであるが、生物学的人種と、人種差別という環境要因とを混同しないことが重要。
・人間集団間の遺伝学的差異を強調するのではなく、人間集団間の遺伝学的同一性や差異の少なさにもっと関心を注ぐべきではないか。
・遺伝決定論に陥りやすい議論を阻止するために、遺伝子が発見するか否かがいかに環境関心を向けるべきではないのだろうか。
第六節 分類という常套手段と暴力
★人類にせよ集団にせよそこに最大の問題はそもそも分類という行為自体が内在的にもちうる矛盾と暴力である。人間の分類を回避することははたして可能か。人種差別の解消が目に見え肌で感じられる日が、21世紀のあいだに到来するだろうか。
・分類の根拠となる共通性・類似性をつねに多元的に模索すること、境界線を固定化せず、攪乱させること、それがつねに見る側の角度や次元によって揺れ動くものであると意識化することに分類が内在的にもつ暴力に抗う一つの鍵が隠されているように思える。
・人種差別と闘う鍵は学ぶという原点にある。多様化した現代の人種差別と闘うためには、遠回りでも人種概念を歴史化し、超地域的に相対化し、科学的決定論の陥穽につねに敏感である事が要求される。
◎人種概念を包括的に理解する作業をとおして、複雑化し巧妙化している人種主義に警鐘を鳴らす事が、今こそ求められている。
参考文献 『人種概念の普遍性を問うー西洋的パラダイスを超えて』
竹内泰子 2005年 人文書院